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東京高等裁判所 昭和34年(ラ)429号 決定

抗告人 株式会社福岡銀行

主文

原決定を取消す。

本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

抗告人は抗告の趣旨として主文同旨の裁判を求める旨申立て、その抗告理由は別紙添付のとおりであるから、以下これにつき判断する。

抵当の目的たる数個の不動産につき、競売の申立があつた場合には、これを個別に競売するか一括して競売するかは、競売裁判所の自由裁量によつて定めうるところであるが、その各不動産が位置、形状、構造、機能の諸点より客観的、経済的に観察して有機的に結合された一体をなすものと見られ、これを個々に分離して競売するよりも一括して競売する方が著しく高価に売却しうる見透しがついた場合には裁判所はこれを一括して競売すべきであることは当然であつて右の自由裁量は利害関係人の利益を無視して競売の方法を一切裁判所の恣意に委ねた趣旨ではない。けだし競売制度が本来債権者のため、ひいては債務者、物件所有者に利益をもたらすため、できる限り抵当権を高価に処分することを目的とするものであるからである。従つて、競売申立の当初競売申立人より一括競売の申立があつた場合には競売裁判所はその申立の趣旨を十分斟酌した上いずれの方法によるのが当事者に有利であるかを勘案すべきである。

これを本件についてみるに競売申立人は申立の当初一括競売の申立をしており、且本件競売物件である三筆の不動産はいずれも福徳産業株式会社の所有に係り、第一、第二の土地は隣接しておりその上に跨つて第三の建物が建設され、現に旅館業に供されているのみならず、右物件の所在場所は東京都中央区銀座という最も繁華な商業地域であることは記録上明かである。斯様な場合右物件が個別に競売されると当然法定地上権の問題を生ずべく、宅地は地上権の負担あるもの、建物は地上権を伴うものとしての価格としからざる場合の価格との間には少なからぬ相違を生じ、従つて各物件売得金の相違が大幅になることが考えられるから少くとも最低競売価格の評価を鑑定人に命ずる場合は、一括競売の場合と個別競売の場合とを右法定地上権の有無に従つて二様に評価を命じ、然る後その方法を定めることが競売申立人始め利害関係人の納得を得る処置といわねばならないところで、原審が各個の不動産につき抗告人所論のとおりの最低競売価格を定めて競売を行つていることも亦記録上明かである。そして各個に競落された場合前記法定地上権の問題が生ずることが予想されうるに拘らず、右最低競売価格の基礎となつた鑑定人郡富次郎の評価鑑定は右各不動産の評価にあたり法定地上権の発生による価格の加減を行つた形跡は記録編綴の鑑定書によるもこれを窺うに由ない。右鑑定書によれば宅地は地上権の負担なき更地として、また建物は地上権を伴わないそれ自体の価格のみを評定したのではないかと疑われる。尤も右鑑定書の末尾には「四囲の状況を精査し、現在の社会情勢を考慮して客観的に評価した」旨の記載があるが、この説明を以てしては未だ以て右疑念を一掃するに足りない。従つて結果においては宅地は前記法定地上権を負うのに、それを負わないものとして不当に高価に、建物はそれに反して法定地上権を伴うものであるのにそれがないものとして不当に安価に評価された右鑑定人の評価に基き最低競売価格を定めこれをもとにして本件手続を進められたのではないかと疑われるのであつて、本件において一括競売を不適当とすべき格別の資料は本件記録上は見当らない。

これらの点を明らかにしないままになされた原決定は失当であり本件抗告理由は理由がある。

よつて原決定はこれを取消し、更に相当な裁判をなさしめるため本件を東京地方裁判所に差戻すべきものとし主文のとおり決定する。

(裁判官 梶村敏樹 岡崎隆 堀田繁勝)

抗告の理由

一、本件競売は各物件を一括して競売すべきであつたのにも拘らず、原裁判所が分割したのは違法である。

本件の競売目的物件は、別紙物件目録(二)記載(このうち事務所一棟は目録(一)の物件)の如く、土地一筆建物三棟である。かくの如く競売すべき物件が数個ある場合に、その各物件を各別に分割競売するか一括して競売するかは裁判所が自由な判断によつて決すべきことがらであるが、裁判所は全く無制限に自由に決しうるものではない。

分割競売と一括競売とはその性質上各々一長一短あり、そのいずれを執るのが適当であるかは各事案毎に利害得失を比較衡量の結果、自づと判断されるのであるが、その判断の基準は、いかにすれば、その物件全体として高価に売却できるかということである。

そして、いかなる場合に分割競売して、いかなる場合に一括競売すべきかは一概に決し得ないが、類形的な場合は左の如くである。

(1)  各不動産を一括して競売すれば、その最低競売価額が甚だ多額に達し金融等の関係上、競買申立人の少数なることが予想できる(従つて競争の度合少く、高価に競買する者が少ない)とき又は各不動産が各地に散在し、同一人の管理利用に不便であると思はれるとき等には適当に分割(必しも一件毎に分割する要はない)して競売するのがよい。

(2)  土地とその上に存する建物が共に競売されるとき、接続一体となつている数個物件が競売されるとき隣接する数筆の土地の中公道に接するものはその中の一筆に過ぎないとき等には必ず、一括競売すべきである。

土地とその上に存する建物が共に競売されるときに、もしも分割競売されるときは建物のみが競落されれば競落人は、敷地使用につき法定地上権を取得するので、土地は法定地上権の負担を受け、価額は激減し、土地のみを競落する者は殆どない。かくて土地の競売は事実上不可能となり、土地及び建物を全体としてなるべく高価に売却せんとした競売の意図は阻害される。

隣接する土地数筆の競売の場合も同様であつて、仮りに分割競買し公道に面する土地のみが競落されれば公道に面しない土地の価額は公道からの通路が無いため激減し、競落する者は殆どない。

又建物が数棟あり、各建物が接続し綜合一体としてのみ真に利用価値がある場合、そのうち一部のみが競落されれば他の部分は利用価値が激減し価値も激減する。

従つて右の如く多数物件のうち一部が競落することになり、他は価値が激減し、殆ど競落人がなくなる如きことが予想できる場合は全体としてなるべく高価に売却せんとする競売制度の本質上当然に一括競売すべきである。

そして分割競売と一括競売とのいずれを選択するかは裁判所の裁量に属し、法定の売却条件でなく又債権者からの一括競売の申請の有無に左右されない。一括競売の申請は単に裁判所の職権の発動を促かすに過ぎない。

そして裁判所の右裁量は決して裁判所の恣意を許すものでなく、いわば、いわゆる覊束裁量、法規裁量であり、いわゆる自由裁量でなく、事案の性質上、自づと帰結される結論に従うべく、一括競売すべき場合に一括競売しないことは裁量を誤るものであつて、単に不当であるに止らず違法である。

本件において、競売物件は土地と、その上に存する建物であり、建物は三棟が綜合一体として利用されてこそ価値があるのであり結局本件物件全体として綜合されてこそ価値がある(本件記録中評価人鈴木信市作成評価書参照)のである。

しかも土地の最低競売価額は金二百万円であるのに建物のそれは金四十七万円であり、建物のみが競落されることにより金二百万円もする土地も価値が激減して了うのであり、本件競売において競買申出人もなかつた現状である。土地をも正当な価額で競売するためには当然に一括競売すべきである。然るに裁判所は右の法理を誤つて裁量を誤り一括競売することなく、分割競売したのであるから違法である。

そして、分割競売か一括競売かは法定の売却条件に準ずべき競売の条件にしてこの裁量につき右の如く違法である。本件は競売手続を続行すべきでなく、裁判所は、競落を許可すべきでない。

従つて結局民事訴訟法第六百七十二条第一号に該当するというべきである。

二、原裁判所が本件競買申出のあつた建物三棟中、別紙物件目録(一)記載の一棟のみにつき競落許可したのは違法である。

本件競売物件は全体として綜合されてこそ利用価値があること前述の如くであるが、特に建物は、工場、倉庫、事務所であり、三棟が綜合的に使用されてこそ意義があるのであり、特に事務所は工場と隣接一体となつているのである。

本件原決定の如く事務所一棟のみを競落許可すれば、他の建物は価値が激減し、本件競落人徐正国他三名以外の者が適正価格で競落することは殆ど期待し得ないことは明白である。然るに原決定はあえて本件事務所一棟のみの競落を許可したが、右の如く物件全体としてはじめて利用価値がある本件の特質を無視したものであり、物件全体をなるべく高価に売却せんとする競売制度の本質と著しく矛盾するものであつて違法と云うべく民事訴訟法第六百七十二条第一号に該当すると云うべきである。

三、本件物件の最低競売価額は評価人の評価以下であり、法定売却条件に抵触して違法である。

本件競売物件の評価は評価人長島要作の評価によれば、土地が二百万円、工場が金二十五万円、倉庫が金十二万円、事務所が金十万円であるが、右価額はいづれも法定地上権の問題を全く考慮しなかつたものである(本件記録中、同評価人作成評価書及び昭和三十三年十月七日附同評価人に対する審問調書参照)そして、評価人鈴木信市の評価によれば、土地は更地として金百八十九万円地上権附として金百四十万四千円建物は地上権又は借地権附として工場が金六十一万三千七百円、倉庫が金三十六万六千円、事務所が金十二万千八百円である(同評価書参照)。

本件各物件は全体としてこそ真に価値があるので、一括競売すること前述の如くであるが、仮りになんらかの理由により本件の如く分割競売するならば最低競売価額の決定については土地建物とも当然に法定地上権の問題を考慮参入すべきである。

けだし土地建物が分割競売されれば土地建物が各別に競落されることもありうるのであり、競落により法定地上権が発生するからである。してみれば法定地上権の問題を考慮しなかつた評価人長島要作の評価は採用に値しないというべきである。尤も同人は、土地については地上権なし建物については借地権、地上権ありとして各評価したというがこれは矛盾する。土地に地上権の負担がなければ建物については地上権がない筈である。又同人は審問で土地は坪八千円として評価したが借地権、地上権があると坪六千五百円である。建物は借地権、地上権があるとして評価したが、借地権がなければ工場は二十万円、倉庫は十万円、事務所は八万円であると述べているが、建物に地上権を認めれば当然に土地は地上権の負担を認めなければならず坪六千五百円とすれば、土地は計金百五十九万五千円となり建物の価額計四十七万円との合計は金二百六万五千円となる。他方借地権、地上権がなければ土地は二百万円、建物は計三十八万円であり合計金二百三十八万円となる。然しながら地上権の有無にかかわらず、土地建物全体としての価値は同一であるべきであり、右評価は矛盾不合理である。

然るに原審は右長島要作の評価を無批判に採用し、本件事務所一棟の最低競売価額を金十万円と定めたのみならず、評価人鈴木信市の評価を全く無視した。同人の評価は極めて合理的なものであるが、それによれば本件物件は全体が一団地として一括利用されるべきであるが、あえて評価すれば事務所一棟の価額は地上権がある場合金十二万千八百円であるとなつている。よつて本件事務所一棟の最低競売価額を金十万円と定めた原審の決定は、その根拠がなく適法な最低競売価額がなかつたことに帰し、法定売却条件に牴触して競売を許したものと云わざるを得ず民事訴訟法第六百七十二条第三号前段に該当する。

四、本件競落人徐正国他三名は従来静岡地方裁判所に於ける競売事件にしばしば競落人となり競落後直ちに転売して不当の暴利を得ることを常とするいわゆる事件屋であることは静岡地方裁判所に顕著な事実である。本件においても暴利を得る目的で建物のみを競落したのであり十月三日頃(競買申出から僅かに三日後)には、競買申出の保証金四万七千円を納めた段階で建物を金七十万円に売るべく債務者の保証人朝比奈茂登治に策動しているのである。

競落人の行為は前示違法不当な分割競売の虚に乗じたものであるが、それにより建物の四倍以上のものの価値があると原審が認定した土地の価値を激減せしめ、土地の競売を事実上不可能ならしめ、債権者及びその保証人の利益を著しく害したのである。

斯様な競落人の行為は公正な公開の競争により、物件全体をなるべく高価に売却せんとする競売制度の趣旨を全く無視し、競売制度を根底から阻害するものであるから競落を許すべきでなく、民事訴訟法第六百七十二条第一号に該当するものと云うべきである。

五、以上の各理由により本件競落は許すべきでないところ本件原決定により土地及び工場、倉庫建物の価値は激減し、適正な価格による競売は事実上極めて困難となつた。

債権者が債務者に対する債権は昭和三十三年十月六日現在において元金百九十七万九千六十六円及びその損害金四十五万七千百四十九円、元金十三万九百七十六円及びその損害金三万四千七百九十三円、合計金二百六十万千九百八十四円であり、本件原決定により他の物件の競売が事実上困難となることにより債権の回収は著しく困難となり著しい損害を蒙つたのである。

よつて競売法第三十二条民事訴訟法第六百八十条により、原決定を取消し、本件競落不許可の御裁判を得るため、本申立に及んだのである。

物件目録(一)

〈省略〉

物件目録(二)

〈省略〉

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